せや! とりあえず書こう。

大阪在住のポタリングが好きなオッサンです。日常のささいなことをゆるーく述べさせてもらいます。

いまさらながら「天気の子」の感想でも。

 新海誠監督の「天気の子」を観ました。

難波の東宝シネマ本館のScreen1で観ました。ちょうどお盆の時期だったので、早めにネットで席を確保しました。日曜日の8時45分の初回開演でした。

 

席は中央付近の右端通路側。トイレに行きやすいのと、片側だけでも人がいないのは快適だからです。

 

難波の東宝シネマ本館の椅子は上質といえば上質なベロア生地でできていますが、座面が凸に盛り上がっています。これが残念です。映画を観ているうちにお尻が痛くなるからです。

なんばパークスシネマでは座面が凹になっていてお尻がすっぽり収まる人間工学的に考えられた物になっているのでお尻が痛くなりません。

 

肝心の映画の感想ですが、普通に面白かったです。 ラストはネタバレになるから書きませんが、「なるほど、そう来たか」と思いました。

ある意味、賛否のある結論でしょうが、現実ではないアニメ映画ならば許されるということでしょうか。

 

何やらモヤモヤした思いで映画館を出ましたが、それでもお金を払う価値のある作品でした。

あおり運転殴打の宮崎容疑者と、韓国の反日デモの共通点。

 連日あおり運転殴打の宮崎容疑者のことがテレビで放送されています。

あおり運転は車を運転している人にとっては人ごとではなく、誰もが一度や二度経験したことがあるからでしょう。

宮崎容疑者は今回の殴打事件だけではなく、あちこちで同じようなあおり運転を繰り返していることがわかりました。いわゆるあおり運転の常習犯です。

 

テレビのコメンテーターが、「なんでこんなことをやるんでしょうね」と言ってましたが、そんなのわかりきったことです。

 

楽しいからです。

 

あおり運転で他人に嫌がらせをすることが快感なのです。大声を張り上げて恫喝して、怯える被害者の顔を見るのが喜びなのです。

恫喝するたびに宮崎容疑者の脳にはドーパミンが大量に発生するのです。いわゆる脳内麻薬の作用によって快楽を得ているわけです。

 

このパターンとそっくり生き写しなのが、韓国の反日です。

 

なぜ韓国の反日はなくならないのか? それは韓国人にとって反日はいちばんの娯楽であって、日本、日本人に嫌がらせをしたり貶めたりするのが楽しくて仕方ないのです。

 

幼少期の頃から反日教育で日本には何をやっても許されると思っています。いわゆる反日無罪です。 反日デモ慰安婦像の前で満面の笑みを浮かべている韓国人の若者を見て、彼らにとって反日は生きがいそのものだなと確信しました。

 

日本のマスコミが使う「反日」という言葉もおかしいですね。安倍総理の写真を燃やしたり、なぜか鶏を殺してパフォーマンスするのは、明らかに「日本ヘイト」そのものだからです。

反日という言葉よりも日本ヘイトと言うべきだと思います。

 

韓国のデモによる同調圧力によって、7月の訪日韓国人は前年同月比で7.6%減です。しかし全体の訪日外国人人数は5.6%増の299万1200人でした。韓国人の観光客が減ってもこれからも訪日外国人は増えそうです。

NHKの戦争番組を観て、ため息をついた。

今朝のNHKで戦前の疎開の特集をしていました。

お婆さんが子供達に疎開の辛さを伝えていました。 そして小学生の女の子の感想は

疎開がこんなにも辛いものだとは知らなかった。戦争は絶対にやってはいけないと思いました」

 

それを観て、僕はため息をつきました。

NHKはしょっちゅう戦争の特集をしています。終戦記念日の8月15日が近づくと毎日戦争物ばかり放送します。

 

僕が子供のからずっとこのワンパターンです。

 

『日本の国民は戦争でこんなにも被害を受けた。だから戦争反対』

わからんでもないです。でも被害者としてだけではなく加害者としての視点は少ないですね。

 

それと主語が抜けています。

戦争反対よりも「アメリカとの戦争反対」などと、具体的な国名を出してほしいです。

 

日本はアメリカ合衆国に原爆を2発落とされ、こてんぱんにやられました。トラウマです。アメリカとは二度と戦争したくないというのが本音です。もちろん他の外国とも戦争したくありません。酷い目にあいましたし、酷い目に合わせました。

 

北朝鮮との戦争反対。中国との戦争反対。と具体的に国名をあげて反対する。それが正しい戦争反対を表明するやり方だと思います。

 

ちなみに韓国とは戦争していません。なぜ韓国が戦勝国のように振る舞っているのかは、理解できません。

 

NHKの番組は子供に戦争反対と言わせようとしています。子供が戦争反対と言う優等生的な意見しか取り上げません。

やんちゃ坊主が「戦争⁉ どんどんやったらいいねん」とちゃかす言葉も聞きたいです。人間だから多様な考えがあるはずだからです。

NHKの「ストップ詐欺被害! 私は騙されない」を毎日見て感じたこと。

早朝に起きる習慣がついてからいつもNHKにチャンネルを合わせるようになりました。

ニュース天気予報めあてですが、午前5時前になると、「ストップ詐欺被害! 私は騙されない」が放送されます。

 

最初は「世の中には騙される年寄りが多いんだ…」と思っていましたが、このコーナーほぼ毎日やってるんです。

詐欺の手口も毎日違っていて、多種多様です。中にはよくこれほど複雑な詐欺を考えたな、と感心するほどです。

 

詐欺グループって、相当頭がいいなと思いました。これだけ複雑なことを考える頭脳と実行力があるならば、まっとうな商売を始めても成功するのではないかと思いました。 そうすれば年寄りを泣かせるような生き様から抜け出せるのにと。

 

ちなみに詐欺被害にあわないために有効な方法は、固定電話をやめることだと思っています。 うちにも変な電話がよくかかってきたんですが、固定電話を解約したら一切なくなりました。

 

今の時代携帯電話のみでも何も困りません。 でもNHKの「ストップ詐欺被害! 私は騙されない」のコーナーでは、固定電話を解約しなさいとは絶対に言わないですね。それでは詐欺被害をなくすのは厳しいですね。

態度の悪い家電量販店の販売員には…

家電量販店で洗濯機を買った時にアンケートを書かされたけど、その項目の中に販売員のサービスが良かった悪かった、と書く欄がありました。

 

何気なく『良かった』と書きましたが、本当は不満でした。

 

女性の販売員でしたが、いろいろと質問したのですが商品知識が浅く、適当な返事でした。

 

また洗濯機の制震ゴムのことを聞いたら面倒くさそうに箱を持ってきて中身を出しました。もう少し小さいゴムの方がいいと言うと、ぶつくさ言いながら商品を取りに行きました。

 

そんなやり取りの後、洗濯機を買ったのですが、何か引っかかるものがあります。

 

これまで、その手のアンケートには『良い』しか書かなかったですが、やはり正直な気持ちを書くべきだと思いました。

 

『この店の販売員の商品知識は乏しく接客態度も悪いので腹がたった。こんな販売員のいる店では二度と買いたくない』

 

と書くべきでした。

 

これは自分への戒めです。態度の悪い店員にはアンケートで鉄槌を打つべし。

大阪の西成区は外国人共生の街になるかも。

今朝、ワンカップ大関を右手に自転車を走らせているおっちゃんを見ました。

 

場所は大阪の西成区です。

 

アメトーークで大阪の西成区が取り上げられて問題になったようですが、西成区民としては、何も気にしていません。笑い飛ばします。

 

僕は大阪市内の中央区生野区城東区西成区に住んでいました。それぞれ特徴がありましたが、西成区がとくに住みにくいと感じることはなかったです。

 

世間では釜ヶ崎の労働者の街というイメージでしょうが、それはほんの一部です。

西成区は広いです。大部分はごく普通の住宅街で、大阪の人口密度の高い下町という感じですね。

治安もこれまで不安を覚えたことは一度もありません。世間の評判と現実は違うということです。

 

とはいえ、僕が城東区に住んでいた頃は、西成区釜ヶ崎の労働者を結びつけていましたから、なんともはやです。

 

でも交通の便利さや買い物のしやすさは、西成区に来て驚いたことでした。自転車で行ける距離に阿倍野区や難波があって、ポタリングついでに買い物をしています。

 

西成区は庶民的な街。生活しやすい街のように思えます。 そのせいか、最近は外国人の姿を見かけない日はありません。

 

僕の住んでいる近くのマンションにインバウンドの集団がスーツケースごと消えていきました。一軒家の前に外国人が集まっていたので、この家も民泊しているなとわかりました。

 

中国語を話す女の人の二人組が自転車で通り過ぎたことがありました。人種も多様ですね。中国韓国はもとより白人黒人イスラム教徒(インドネシア、マレーシア)などもよく見かけます。

 

いずれ西成区は外国人と共生するような街になるかもしれませんね。

断捨離が簡単なんて、嘘だった!

 先日の日曜日に引っ越しをしました。

 

それを機会に断捨離しようとしたのですが、中途半端に終わりました。

 

断捨離ブログを読むと、いかにも簡単に断捨離できるようなことが書かれていますが、それは嘘でした。

 

まず古い服(物)が捨てられません。

 

思い切って余り使用してない服類は処分したのですが、やはりお気に入りはなかなか捨てられませんでした。

 

もともと物を大切にする習慣があったので、それが断捨離ではブレーキになりました。

 

断捨離して新居に荷物を運んだのですが、また新居で新たな断捨離をしなければならなくなりました。

 

いろいろ考えた結論です。

 

古い物は大切にしなくていいのです。

 

古い物をどんどん捨てる。

 

新しい物を買う。

 

この血液循環のようなスタイルを作ることが、僕には必要だとわかりました。

 

それから断捨離のブログは役に立たなかったですね。彼、彼女らは、いわば断捨離のプロのような人々ですから。